書書鹿鹿 ~かくかくしかじか~

"かくかくしかじか"と読みます。見たもの、聞いたもの、感じたことを書いてます。

せせり家族

高校生の時、2年間だけ焼き鳥屋でアルバイトをしていた。

近所の個人経営の焼き鳥屋で、時給800円と破格の安さだったが、全然満足している。

理由は2つ。

1つは全く忙しくなかったから。

その焼き鳥屋は駅から徒歩20分、住宅街の中にポツンとある最悪の立地でとにかく人が来なかった。店も小さく、キッチンが異様に狭いため基本的には平日は店長とバイトの2人体制、土日祝はバイトが2人入れたら3人体制で回していた。

特に月曜日は週初めのため全く客が来ない日も多く、店長と2人きりで備え付けのテレビで「世界まる見え!テレビ特捜部」をフルで見る日もあった。

逆に暇すぎて3時間が長く感じられ辛い時もあったが、それはそれでいい思い出である。

もう1つはまかないが食べれたから。

時給が800円、客が来ない日は3時間しか入れないので1日2400円。高校生のバイト代としては物足りない部分があったが、自分は給料よりもまかないを楽しみにしていた。

まかないは毎回決まって店長が適当に選んだ10本と白ご飯だった。通常頼めば2000円ほどする焼き鳥を無料で食べれていたので、元が取れまくっている。

ねぎまやささみ、きもにハートなどいろんな焼き鳥を食べさせてもらっていたが、その中でもダントツ好きだった部位がある。

せせりだ。

せせりとは鶏の首肉のことを指し、希少部位とされていてスーパーで見ることはあまりない。自分は焼き鳥屋で働くまでせせりを知らなかったが、このせせりがとにかく美味しかった。

せせり本来が持つ噛み応えのある食感と程よいジューシーさ、それに店長の絶妙な塩加減が加わり無敵の味だった。もし彦摩呂がそのせせりを食べたら仕事を忘れて、普通に「うっま!」とか言うレベルで美味しかったのだ。

それぐらい美味しかったので、頼まない客はいないと言っても過言ではないほどの大人気メニューだった。

このせせりについては強烈な思い出がある。

 

 

働き始めて3ヶ月ほど経った時だった。

平日だったので、いつものように18時に出勤すると既に1組の団体客がテーブル席に座っていた。40代と思われる夫婦と小学生ぐらいの兄妹の4人家族。
働いていた店は駅からは遠いものの、住宅街の中にあるため近隣に住む家族からは重宝されており、常連もそこそこいた。

急いで着替えを済ませ、注文表を挟んだバインダーを手に注文を聞きに行く。

「まずお飲み物からお伺いします」

「お冷4つ」

飲食店はドリンクで元を取る店がほとんどなので、この注文は印象がよくない。とはいえ、提供するしかないので急いでグラスにお冷を注ぐ。

注いでいると、テーブル席の方から「とりあえずキャベツください」と注文が入る。キャベツは塩だれと共に提供するおかわり自由のメニューである。どれだけこの家族は元を取りたいんだ。

お冷とキャベツをテーブル席に運び、もう一度バインダーを手に注文を聞きに行く。

「ご注文お伺いします」

「せせり 塩20本 たれ20本 以上で」

せせりのみ、しかも40本

注文を頼む前の「え~っと」もない。ここまで1点狙いで来る客と出会ったことがなかったため、思わず「業者かよ!?」とツッコミを入れそうになったが、グッとこらえた。

聞いたことのない文字の羅列に戸惑いながらも、「わかりました」と注文表のせせりの欄に

せせり 塩  正正

    たれ 正正

と書き込み厨房へ引き返す。(2本で1セットのため正で10本)

店長に「せせり 塩20 たれ20です」と伝え、急いで冷蔵庫からせせりを取り出す。

仕込む量は日によって違うのだが、よりによってその日は平日でいつもより少な目。

せせりを40本店長に渡し終えると、既に残りは10本程度になっていた。

焼き場は店長しか担当しないため、お客さんがいるにも関わらず暇な時間が続く。

その家族を厨房から観察していると、とにかくキャベツを無言で食べ続けていた。

あっという間にキャベツが無くなり、すぐに「おかわり」がコールされる。

キャベツを1回目より少し多めに盛り付け提供する。

しかし、また少しするとキャベツが無くなり2度目の「おかわり」コール。

今度は少し大きめの皿を用意し、てんこ盛りにして提供する。

「さすがにこの量は食べきれまい」と思っていたが、すぐに「おかわり」コールが。

ウソだろと思っていたが、キャベツではなく塩だれの「おかわり」コールだった。キャベツより先に塩だれの方が音を上げてしまった。あまりそっちがなくなることないんだけど。

結局、追加塩だれを味方に付けた家族はせせりが焼きあがる前に3皿もキャベツを平らげた。

そうこうしているうちにせせりが焼きあがる。

一度も使っているのを見たことがない特大の皿に【せせり塩】を盛り付けると、店長はすぐに【せせりたれ】を焼き始める。焼き場が小さいため、一度に焼けるのはせいぜい20本だった。

野球の地区大会の開会宣言ぐらい綺麗に整列した20本のせせりを、その家族は到着するや否や食べ始めた。キャベツの時と同じように無言で無心で食べ続けていた。

せせりと家族の一騎打ちを見ているようだった。

せせり大戦争である。

家族によって【せせり塩】が全滅すると、続いて【せせりたれ】が援軍に駆けつける。

塩に比べたれの方が重いため中々の接戦になると思われたが、いとも簡単にたれも全滅してしまった。

せせり陣営の完全敗北である。

しかし、家族はせせり陣営にさらに追い打ちをかける。

「すいませーん、せせり素焼きで10本ください」

家族はせせり村に残る女性や子どもにまで手をかけようとしていた。

この時点でキャベツ3皿、せせりを40本も食べ終えているのにも関わらず、デザート感覚でせせり素焼きを注文する家族。別腹までせせりで満たそうとしている。

厨房の冷蔵庫からせせりを10本取り出すと、トレーにせせりは1本も残っていなかった。

焼け野原である。

せせり素焼きも食べ終え、お会計という名の勝利宣言。

最後までお冷しか飲まなかったので、せせりとだけで約8000円の支払いを済ませ家族は帰っていった。

時間はまだ18時45分。嵐のような出来事だった。

昔、「シルシルミシルサンデー」で北斗晶・佐々木健介家族が食べ放題で元を取る企画があったが、せせりを食べる勢いは正にそれだった。

それ以来、自分はその家族のことを『せせり家族』と呼ぶようになった。

 

せせり家族は度々店に現れた。

頼むのは決まってお冷4つとおかわり自由のキャベツ、そして「せせり 塩20 たれ20」
せせり陣営に対する宣戦布告だ。毎度毎度せせり陣営は焼け野原になり、せせり家族が来る時はまだ19時にも関わらず「もうせせりが売り切れなんですよ」と言うしかなかった。

お客さんにとっては「なぜ、この時間に売り切れになるのか?」と疑問だっただろう。
ミートゥーである。答えは知っているが、なぜあの家族はせせりをあれだけ食べられるのか不思議だった。

 

一番印象に残っているのは、台風の日だ。

その日は台風が直撃しており豪雨に強風と悪天候。普段は徒歩でバイトに行っていたが、さすがにその日は親に車で送ってもらう、そんなレベルだった。

もちろん18時から客は一切来ず、店長も「今日は19時には店閉めるか」と言っていたそんな時、1本の電話がかかってきた。

「もしもし、○○なんですけど、せせり塩20、たれ20をお持ち帰りいけますか?」

せせり家族からの電話だった。

働いていた焼き鳥屋ではお持ち帰りの他、食べきれなかった人のためにもテイクアウトも出来るようになっていて、たいていの場合は数本から十数本で済むのだが今回はせせり家族、40本の大仕事である。

急いで店長がせせりを焼き始める。

自分はお持ち帰り用のタッパーにひたすらアルミホイルを敷く。

焼いてはタッパー、焼いてはタッパー...

40分をかけ、なんとか受け取り時間までに間に合わせた。せせり家族の母が受け取りに来て、ビニール袋いっぱいのせせりを渡す。今後一生見ることのない光景だった。

嵐の中、嵐のようにせせりを焼き終えた店長に「あの家族、せせりをいつも凄い量食べますよね」と聞いたら衝撃の答えが返ってきた。

「実はせせりばっかり頼むのは、あの家族ともう一家族あんねん」


高校3年生の頃、その焼き鳥屋は潰れた。

 

客が来なかったから当たり前と言っちゃ当たり前の結果なのだが、もうあのせせりが食べられないと思うと少し寂しかった。

高校を卒業して以来、友だちと別の焼き鳥屋に食べに行くことが何度もあるのだが、未だにその店のせせりを超える味には出会えていない。

「せせり家族、どうしてるのかな?」

せせりを食べる度にあのせせり家族とまだ見ぬせせり家族の2世帯にに想いを馳せている。