相も変わらず、スーパーの青果コーナーでアルバイトを続けている。
今年の3月ごろに働き始めて、気づけば半年以上が経っていた。
「こっちに移転してから1年以上も経つけど、誰も辞めた人はいないクリーンな職場です」
面接の時、店長はそう言っていたが、自分が働き始めてから既に4人辞めている。
バイト募集に書いてる仕事内容よりも少しハードなのだ。自分も単純な品出しと野菜の袋詰めだけだと思って働き始めたが、袋詰めも定期的に数や量が変動するのでその都度聞かなければいけないし、それに加え市場で仕入れた野菜の荷下ろし、野菜の加工、値段の変更、ポップの作成と覚えることや作業が多すぎる。
それで時給が県の最低賃金なのだ。
「バイト募集の内容と違うし時給も安いし、こんなん詐欺やんな?」
新しく入ったおばちゃんが働き始めて3日で飛んだ後、自分に聞いてきた。
どこがクリーンなんだよ
(そのおばちゃん以外は事情があって辞めただけなのでブラック企業ってわけでもなければ、職場の雰囲気はとてもいいので一応フォローしておく。ただ、Amazonのハズレ商品と同じやり口で搾取している職場だと思ってほしい。)
道草が主食なので話が逸れた。
そのバイト先で働き始めて半年以上も経つというのに、自分は未だに「荷下ろし」「品出し」「袋詰め」しか出来ていない。それだけできれば最低限の戦力にはなるのだが、かなり立場は弱い。
それしかできないのは自分の異常なシフトが原因なのだ。週末の午前中は基本的に忙しく、毎日2人常駐している社員さんも歴の長いパートさんも自分の担当範囲のことでとても忙しそうにしている。となると、どペーペーのバイトなんかに構ってられないのだ。
商品の加工でラップを使う工程がある。果物や野菜をパックに乗せたりして、専用のラップ台で加工する。トマトやリンゴ、ブドウや柿、桃なんかが対象で、よく売れるためバイトで働き始めた当時は店長にラップをするよう命じられていた。
ところが、[ほりい a.k.a 不器用]と名乗るほどの根っからの不器用人間の自分にとっては無理な頼みだった。ベテランパートさんのラップ巻きが『大手出版社』だとすれば、自分のラップ巻きは何回やっても『自費出版』になる。隙間は空きまくるわ手際は悪いわ、けど味はある。そんな利益の出ない男に忙しい時間に頼むわけもなく、気づけば登板機会が減って茄子や人参、きゅうりを袋詰めするだけの敗戦処理係(*中継ぎ投手)になっていた。
その「袋詰め」さえ手際は悪いのだが、若い男+朝一から入れるという都合の良さを武器になんとか生き残っている。
そんな窓際族の自分に新たな仕事が与えられた。
「ポップ作成」
以前から、プリンターを使ったポップの作成はたまにやっていた。エクセルの雛形があるので誰でもできるやつ。
ただ、今回の「ポップ作成」は印刷タイプではない。
手書きである。
なぜ、バイトのタイムカードに書いてある名前すらぐちゃぐちゃな汚字さん(汚い文字を書く人)(←自分で作った言葉)(←思い付きだけどなかなかよくない?)に手書きのポップを頼むのか分からなかったが、店長がニヤニヤしながらお願いしてきた。
「えー。ちょっ、え、マジすかー?いや、字汚いですよ。ウソでしょ?いつも店長が書いてるんですから、店長が書いてくださいよ。えっ、えー。」
と、2018年ワールドカップの日本代表のパス回しぐらいあからさまな時間稼ぎをして、店長の「仕方ないな」を引き出そうとしたが、あえなく失敗。手書きのポップを書くこととなった。
お題はコチラ!!
「きく菜」
観客「キャーーーー」
笑ってコラえて!の要領で発表したが、シンプルに3文字「きく菜」である。
お店の入り口に入ってすぐの場所に新たに売り場を設けて、大々的に売り出そうとなったのだ。
イヤイヤながらも早速、ポップの作成に取り掛かる。
売り場が少し広く目立たせたいということもあって、通常のポップで使われるA4サイズの用紙を2枚横に繋げて1枚にする方法だった。以前に書かれたであろう同サイズのバナナのポップがあったので、それを参考にすることにした。要点は3つ。
・商品名は中央に大きく
・値段は商品名と同サイズくらい
・横に消費税込みの値段を小さく書き込む
おおよそこんな感じだった。そこに店長からアドバイスが入る。
「ペンはなるべく向きを変えない」→数字の丸みを書くときに向きを変えると極端に細い線が出来てしまう
「何度も文字は塗り重ねる」→一筆だと太さが足りないので
「文字に黒のマーカーで影をつける」→より強調される
さすが、その店のことを知り尽くした店長のアドバイスだ。感心しながら、アドバイスに従い、「きく菜」を書き始める。
「しまった」
ひらがなの「き」の一画目を書いた瞬間に心の中でこう呟いた。「き」の一画目でそんなことが分かるわけないだろうと思うかもしれないが、「デカくなっちゃう」と思ったのだ。
このままいくと、明らかに紙の割合の半分以上を汚い「きく菜」が占領してしまうと瞬時に悟ったのだ。大学の授業で取っていた書道の先生に言われた「君は思い切りが足りない。ミスを恐れるから小さくなる。大胆に書きなさい」というありがたい言葉を真に受けてしまった弊害である。
まだ「き」の一画目なので修正が効くと思うだろうが、もうすでに「デカくなっちゃう」と将来を悟ってしまった自分にとっては決められた運命(さだめ)を歩むしかないのだ。
結果的に、思い描いていた通りに汚く仕上がった「きく菜」がこの世に爆誕してしまった。
「すいません。書き終わりました」
店長に報告して書き終わったポップを見に来る。
「うん。デカくない?」
即バレた。「一体、俺のアドバイスは何だったんだ?」と言わんばかりの表情を浮かべていた。というか、ちょっと口から顔をのぞかせていた。
「じゃあ、(売り場に)貼っといて」
店長がテレフォンショッキングのタモリさんのテンションで命じてきた。そうなのだ。この汚い「きく菜」を同僚にいじられる分ならまだいい。しかし、このポップは売り場に出るのだ。買い物に来たお客様全員がこのきく菜ポップを参考に買い物を進めるのだ。
恥ずかしい。
こんな購買意欲のそそらないポップなんてすぐに廃棄したいが、そういうわけにもいかない。売り場にずらっと並んだ大量の菊菜の上に汚い自己紹介が添えられてしまった。
そこからしばらくは別の作業をしていた。「きく菜」の書体を忘れるために、単純な袋詰め作業に没頭していた。袋に詰めては箱に戻し、袋に詰めては箱に戻しを繰り返していたので、売り場には出ていなかった。
ポップを張り出してから1時間後、売り場から戻ってきた店長に「悪い知らせがあるけど、聞く?」と言われた。「聞く」一択の質問と「悪い知らせ」の言葉に戸惑いながらも、「なんですか?」と聞いたらこう返ってきた。
「きく菜、売れてます」
めちゃくちゃ吉報だった。
もちろんポップのおかげではないことは明白だが、早く売れればポップに触れる人が圧倒的に少なくなる。というか、冗談をいうにしても自分たちが取り扱う商品が売れることを「悪い知らせ」としてしまう店長、どういう気持ちなんだ。
「よかったです」
と胸をなでおろしながら言うと、店長は続けざまにこう言った。
「普通によく売れるから、明日きく菜追加発注しとくわ」
汚いポップのロングラン上映が始まってしまった。
絶対いつかリベンジしてやる。