久しぶりに本を買った。
本を買うという行為をするのは一体何年振りだろうと思う。大学の授業で必要だったために買ったことは一昨年に一度だけあったが自発的に本を買うことはおそらく大学に入ってすぐにあったぐらいだと思う。その頃はバイトもやっていてお金をある程度自由に使うことが出来たので、書店に行って興味のあった本を買っていた気がする。文学系の学部に所属することもあって本を読むことをクセづけていた。元来、家で本を読むことが苦手(他の誘惑が多すぎる)なので、移動中を中心に呼んでいた。多分最後に買ったのは、神田松之丞(当時)の講談の本と山田ルイ53世の一発屋芸人の本だったはずだ。
しかし、バイトも辞めてしまったので本を買うことも無くなり、次第にサークル活動の時間が増えたことから本を読む時間も無くなくなっていた。約2年間本を読むことから遠ざかっていた。せっかく買った神田松之丞と山田ルイ53世の本も買ったまま読んでいない。
大学4年生になったあたりから、さすがに本を読まないといけないなと思った。それは2年間コロナが流行し大学もリモート授業が主流になっていた状況から、少し落ち着いたころで、対面授業が増え、それに伴い通学の移動時間というものが復活したからである。音楽を聴いたりラジオ聴いたりする時間でもあるのだが、スマホ依存症の自分は定期的に電車の車両内に乗っている老若男女全員がスマホを触っている状況に怖くなることがある。そのため本を読む時間を作って、「自分はここに乗り合わせた人間とは違って読書をすることによって差別化を図る」をすることにしたのだ。
ちょうどその頃恋人が出来たタイミングだったので、いろいろと学ぼうとしていた時期だった。それはいわゆる“恋愛テクニック”的な薄っぺらい本ではなく、精神が少し不安定気味だった恋人の理解を深めるために心理学の本を読んだり、女性というものを知らな過ぎたので少しでも寄り添うために生理にまつわる本を読んだりしていた。どれも知らないことばかりでためになる話だったが、読み物としてではなくあくまでも勉強として面白かったので、図書館で借りる程度に納めていた。
徐々に読書をクセづけるようにしていた頃、同じ文学系の学部に所属する後輩から西加奈子をおすすめされたので久しぶりに小説を読むことにしたのだ。
以前、日記にも書いたが、お姉さま方しかいないバイトの休憩時間を潰すためには読書がぴったりで、西加奈子を読む時間は確保できた。
『ふる』『あおい』『さくら』と読んでいって、登場人物のキャラクターの細かさや、内面的な部分での共感、人間関係の機微に女性作家ならではの性の視点と面白い要素ばかりだった。
薦めてくれた後輩並びに西加奈子のおかげで読書の楽しさを思い出すことが出来た。
ちょうど同時期に卒業制作の提出が終わり、2年間担当してくれたゼミの教授と個別面談で話す機会があった。周りはみな小説を提出していた中、自分はと言うとコント3本を提出するイレギュラーっぷりを発揮していた。にもかかわらず、教授は「最後まで研究室長賞に推薦するか迷った」と理解を示しつつきちんと評価してくれたのだ。自分は就職活動は一度もしなかったので進路については心配させていたが、個別面談の最後に「いいものは持っているから、表現活動は続けた方がいいよ」と言ってくれた。お世辞でも嬉しかった。
今後、物語を書いていくに当たって文章に触れてないのは問題だと思い、時間が社会人よりも余裕があるフリーターとして生活するなら、本をもっと読もうと思った。
脱線が多くなったが、とにかく本を読む機会を増やすのと、地元の図書館には置いていない本で興味のあった本を買おうと、『THE FIRST SLAM DUNK』を観終わったその足で紀伊國屋書店へと向かった。
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お目当ての本は2冊あった。
オードリー・若林正恭の『ナナメの夕暮れ』とせきしろの『たとえる技術』
なぜその2冊を買おうと思ったのかはまた次の回で書こうと思う。
紀伊國屋書店では在庫検索が出来るので2冊はすぐに見つかったが、せっかくならと思いあと2冊購入した。
購入したのはこの4冊。
ナナメの夕暮れ / 若林正恭
たとえる技術 / せきしろ
暇と退屈の倫理学 / 國分 功一郎
すべて忘れてしまうから / 燃え殻
統一感はないが、全部別の角度から自分の心を突いて刺激してくれそうな本だったので、とても満足している。
レジでブックカバーを付けてもらい、紀伊國屋書店のレジ袋に入れてもらう。文庫本4冊なので一番小さな袋でいけた。
図書館で無料で本を借りれるし、電子書籍も主流になってきているので、わざわざ店舗に足を運んで紙の本を購入する必要もないと思っていた。しかし、本を買った時に何とも言えない満足感があった。それは純粋に欲しかったものを購入した購買意欲が満たされたからでもあるが、「本を買う」という体験自体が少し特別感のあるようなものに思えたからでもある。帰り道、約40分ほど電車に乗らなければいけないのだが、ずっと「紀伊國屋書店」と印字されたレジ袋を手に提げながら帰った。コンビニで買った『MATCH』を飲む時にものすごく邪魔だったが、「自分は本を買った人間なんだぞ」ということをアピールしたかったのだ。
これを書いている今もまだ一つも読めていない。図書館で借りた本をまだ読んでいないということもあるが、まだ袋に入っている本たちをそのままにしておきたいというのもある。
「本を買う」という特別体験の余韻に浸っておきたいのだ。