16時頃、朝早くからゴミ収集のバイトで働いたこともあり、自室のベッドの上でうつらうつらしていた。夢を見る一歩手前のところで意識を急に取り戻しスマホを見ると、小中学生時代にサッカー部で一緒だった同級生から電話がかかってきた。日ごろから連絡を取ることはなく、何かのきっかけで2年に1度のペースでかかってきていたのだが、3ヶ月前にかかってきていたのでスパンは短めだ。何事かと思って出たら、「パチンコ行くぞ」と元気な7文字が聞こえてきた。
話を聞くと、大学に通っている間にさまざまなギャンブルを学んだらしく、最近ようやくパチンコに手を出したみたいだった。
「う~ん」と渋っていると、「俺、来年からNSCに通うことにしてん」と唐突な報告があった。
「行くわ」
その話が聞きた過ぎて、秒で身支度を済ませて電車に飛び乗った。
「パチンコは絶対にやらないでおこう」と固く誓っていた。
治安の悪そうな客層や自動ドアから漏れ出る轟音、ケチにとってはたまらないお金を溶かす作業。このどれもが遠ざけていたのだが、何よりも自分の中では明確に「一度でもパチンコに手を出したらハマってしまう」という意識があったのだ。だから、意図的にパチンコ及びギャンブルには手を出さないようにしていた。
どが付くほどのケチな自分にとって“お金が増えるかもしれない”という魅力は、五十音が一つ上がり魔力を帯びていた。「そんな甘い話はない」ということは分かっている。実際、サークルでギャンブルに手を出していた先輩や同期は軒並み借金を抱えていた。そのことがより自制心を働かせていた。
麻雀ゲームでランク戦やトーナメントに参加するには、ゲーム内でコインが必要となる。基本的には有料だが、定期的に無料配布されることがあった。そのゲームでは1局打って1位になればコインが減らないルールで、なんならギャンブル卓を選択すればそのコインが何倍も貰えるようになっていたのだ。これに自分はのめり込んだ。どれだけ持ちコインを減らさず、勝利して増やすか。人生で初めて課金をしたのもこの時だった。しばらくして気づく。
「俺、ハマりやすいな」
そのゲームは無料のコインだったからよかったものの、これが現金だと考えれば恐ろしい。ヒリヒリの代償に人生を失うことだってある。
だから自制していたのに、いともあっさりとついていくことにしてしまったのだ。
3年ぶりぐらいに会う同級生は3年前から何も変わらず、髪も服も無頓着で肌があれ散らかしていた。NSCに入った理由は「どうしても働きたくなかったから」だった。思い返せば、その同級生とお笑いの話をしたことは一度もないし、人前で何かやっているところも見たことが無い。
「ネタ書ける相方見つけて、ダウンタウンすぐ超えるわ」
それ以上掘り下げるのはやめた。
パチンコ屋は電車で都道府県を跨いだ場所だった。最寄りの駅にもあるのだが、「ここのパチンコ屋が今日は熱いってたしかな情報筋から聞いてん」と譲らなかった。こいつとは今後もなるべく関わりたくないな。
初めて入るパチンコ屋は『チャンスの時間』で見ていた通り、がやがやと賑わっていた。そこは相当な大型店らしく、何体も並ぶエヴァに圧倒された。
同級生が台を選び、たまたま連続で空いていたエヴァの台を並んで打つことになった。仕組みや打ち方、狙いを教えてもらいながら、左上の挿入口に1000円を入れる。自動販売機やレジに入れる時とはわけが違う。対価が帰ってこないかもしれない場所にお金を突っ込むことがとても怖かった。
球を借りて打ってみるが、なかなかいい演出が来ない。自分はいちいち手を止めて演出を見ていたので時間がかかっていたが、5分ぐらいすると隣に座っていた同級生が「もう1000円溶けた」と言った。
怖くてしょうがない。必死に1時間働いて稼いだお金がものの5分で消えていくなんて、考えられなかった。かく言う自分も当たりは出ず、10分程度で1000円分は消えていた。
エヴァに見切りをつけ、次に向かったのは『ダンベル何キロ持てる?』の台。原作もアニメも1つも知らなかったので演出はさっぱり分からなかったが、エヴァよりも台が回りいい感じだった。
「いい台やん」
と同級生にもてはやされ、あっという間に2000円が消えてしまった。よく回っていたのでこのままお金を突っ込めば当たりを引ける可能性があったが、先行きの見えない勝負に挑む度胸がなく、ローリスクローリターンで時間が潰せる1パチへと逃げ込んでしまった。同級生はそのまま4パチを打ち続けていた。その度胸が「勝算のないNSCに通う」を可能にしているのだと思うと、足踏みして1パチに逃げ込む自分は一生勝てないなと思った。
一人になった自分は訳も分からず1パチのエリアを彷徨い、「アニメを全話観ていた」という理由だけで『ワンパンマン』の台に座った。結論を言うとビギナーズラックが来ないまま当たりは出なかったが、先ほどの4パチと違い1000円で長時間楽しめた。4000円を失った自分の元へ同級生がニヤニヤとしながらやってきた。
「勝ちました」
どうやら、自分が1パチに逃げ込んですぐ、大当たりしたらしい。持ち金8000円で戦いに挑んだ男が、結果35000円のプラスで上がることになったのだ。
自分よりもどケチな同級生だったが、勝てば気前が良くなり自分の負け額の4000円を補填してくれた上に、回転寿司にまで連れて行ってくれた。
「初めてのパチンコは勉強のために」と納得をさせていた部分もあったが、2、3日経った今、自分の中に芽生えている欲求を殺すために必死だ。
『二回目のパチンコ』という言葉を使わないよう、自制しながら今日も街へと繰り出していく。
【追記】
二回目のパチンコ
なんなら三回目のパチンコ