この春、大学を卒業した。
コロナもあったりでリモートもあり4年間通っていたわけではないが、初めと終わりの1年は毎日のように大学に行っていた。
芸術系の学部の中でも人数が少なく話が合う人がいない学科に居場所はなかったが、運よくサークルに入ったことで「部室」という居場所を見つける。授業以外は夜遅くまで部室に居座っていたので、「大学に通っていた」というよりは「部室に通っていた」という表現の方が正しいかもしれない。
部室の環境がいいからそこを気に入ったわけではない。自治会棟の3階の一番奥の部屋。OBが昔過ごしやすくするためにカーペットをしいてくれていたので、他のサークルの部室よりかは環境がよかったが、ボロボロのソファや硬いベンチ、不揃いの漫画に壁に書かれた落書き。綺麗なんて到底思えない場所だった。
夏場は暑いし、冬場は寒い。エアコンも無いから扇風機とこたつで凌ぐ。環境なんて全然良くなかった。
だけど、自分はその部室がとても好きだった。
サークル自体、自分と同じ学科に馴染めなかったはみ出し者ばかりが集まっていて、空きコマや放課後は何をするでもなくダラダラ喋っていたのだが、その場所にはそれを受け入れてくれる雰囲気があった。要は内輪で作り上げた雰囲気がそう思わせているだけで、雰囲気が合わないやつはいつの間にか来なくなるサークルだったが、自分はその場所の雰囲気がピッタリ合った。
いつでも誰かがいて、他愛のない話で時間を潰す。
これまでの人生でいくつか集団に属し居場所も作ってきたが、ここまで落ち着く環境は初めてだった。
入学してひょんなことから入ったサークルだったが、気づけば「主」という名誉とも不名誉ともとれるあだ名をつけられたりして、4年間を過ごした。
在学中、家の建て替えがあり初めて引っ越すことになった。
生まれてから約20年間住んだ家が、日に日に壊されていく様子を見ていたが、思っていたように感傷的にならなかった。たくさんの思い出はあって愛着もあったが、あくまでも「住むための場所」という感覚が根底にあったんだと思う。建て替えの最中に住んでいた仮住まいにもすぐ慣れたし、元の家があった場所に新たに建った我が家にもあっという間に慣れてしまった。それぐらいの場所だったのかと思うと少し寂しくもある。
コロナ期間で大学に行けなかった時も思ったが、卒業してから部室に行かなくなった今、とても恋しいと思っている。卒業式の後部室に寄ってから帰った時、もう2度と会えないような、失恋したようなそんな気持ちになった。「場所」にこんな感情を抱いたのはもちろん初めてだった。自分にとって心の拠り所で、楽しいも苛立ちも悲しみも部室に置いていた。それで救われたことは何回もある。ただの「場所」にそんな力があるなんて思いもしなかった。
『ワンダーウォール 劇場版』は、映画『ジョゼと虎と魚たち』やNHK連続テレビ小説『カーネーション』で知られる脚本家・渡辺あやが書き下ろした『ワンダーウォール』に、未公開カットを加えたディレクターズカット版の劇場公開作である。
京宮大学の自治寮「近衛寮」が舞台で、取り壊したい大学側と補修しながら存続を目指す寮生との関係性を描いたフィクション。実際にある京都大学の「吉田寮」を題材にして、渡辺あやが取材を行って書き上げたらしい。
Amazon prime videoで観たこの映画は、まさに場所に恋している人を描いた作品だった。登場人物たちが居場所を失いたくない一心で、どうしたらいいか分からない戦いを続ける様は、どうしようもない運命に抗って奔走するピュアな恋愛映画の主人公に見えて仕方がなかった。作中で描かれた近衛寮も、自分の大好きな部室同様、決して快適ではないし汚い。だけど、だからこその愛が生まれてるんだと思った。
その時、恋が始まった。
のかと思った。
けど、勘違いだった。それでも、これはラブストーリーだ。
『ワンダーウォール 劇場版』より引用
この映画の冒頭、こんな語り出しで始まる。始めは理解できなかったが、映画を観終わった後になるととても共感できる大事なセリフだと思った。
「場所」に恋したことがある人は、ぜひ見てほしい作品だ。
『ワンダーウォール 劇場版』
【出演者】
須藤蓮
岡山天音
三村和敬
中崎敏
若葉竜也
成海璃子
山村紅葉
二口大学