会社の金で健康診断に行ってきた。
この文章において「会社の金で」というのは、非常に重要な要素である。中肉中背の20代前半男性がわざわざ健康診断を自らのお金で受けに行くのはなかなかハードルが高いので、「会社の金で」が経済的にもやる気的にも後押ししてくれるから。あとはシンプルに「会社の金で」と付けると合法的に横領している気分になれるから。
とにもかくにも、学校で義務的に受ける以外では初の健康診断となった。
いつも通り、午前中にアルバイトを退勤した。
健康診断は13時からで時間に余裕があった自分は、一度家に帰りチキンラーメンとグラノーラで小腹を満たす。後に親から「健康診断前はあんまり食べない方がいいよ」と言われる。そういう大事なことはもっと早く言って欲しかった。胎教の段階で「健康診断前はあんまり食べない方がいいよ」と刷り込ませておいてほしい。
家から徒歩で会社から指定された医療センターに向かう。30分ほどかけて到着した瞬間に、問診票を家に置いてきてしまったことを思い出す。カレンダーにもメモしておいたのに。胎教の段階で「問診票忘れないで」と刷り込ませておいてほしい。
受付で問診表を忘れた旨を伝えると横で記載できるようになっていて一安心。書き込んでいる最中会場の様子が見えたのだが、そこには【検尿】と書かれてあった。しまった。用意周到すぎて、家に出る前絞りだしていたのだ。問診票を忘れている時点で用意周到ではないのだが、こちらも同様「健康診断前にはトイレに行かない」と胎教で刷り込ませておいてほしかった。
お腹の中にいる段階で、スピード生活の知恵ラーニングさせておいてくれ。
順番は
検尿→身長・体重→視力→聴力→血圧→血液検査→X線→胸部レントゲン
検尿があると知ってから急いで唾を大量に飲み込んだおかげで、何とか規定量まで達した。あんまり紙コップの必要量ボーダーラインギリギリで検尿を突破するやつなんていないと思う。減量したボクサーの軽量ぐらいスレスレだった。
身長体重は予想通りで問題なかったが、懸念していたのは視力だった。
ここ最近、というかスマホの使用量が格段に増えた高校生あたりから視力の低下が著しい。授業中も眉間にしわを寄せてよく凝らさないと黒板の文字が見えなかったし、長時間画面とにらめっこしていると視界がぼんやりとしてくる。寝ても寝ても蓄積した眼精疲労が取れる気配がない。上限なく蓄積しすぎ。眼精疲労のプレミアム会員になった?
係の人に言われるまま、顕微鏡みたいな機械でランドルト環が並んだ紙を両目でのぞき込む。
「6は?」
「上」
「7は?」
「左」
「8は?」
「分かりません」
もう一度
「6は?」
「右」
「7は?」
「上」
「8は?」
「分かりません」
どうしても8で躓いてしまう。最近の巨人。8回が鬼門。
結果は両目とも0.7。及第点。
その流れのまま血圧測定。思ったよりも締め付けがきつくて痛かったが、「いやいや、えっ、いった」となんか笑ってしまった。笑いながら怒っていた。
血圧を測定後、係の人から渡された試験管を3本を持ち血液検査へと向かう。
注射をするのはいつぶりだったかなと思い出す。
血を抜かれたのは食物アレルギーの検診のために入院した8年前。
点滴は食物アレルギーで搬送された7年前。
注射のみで言えば、部活で膝を痛めた時に打ってもらった痛み止めが6年前。
かなりインターバルが空いていた。
小さいころ、何よりも注射が苦手だった。親に聞いたところ、3歳ぐらいのころ注射を打つ時に「おかあさ~ん!!」と叫んだことがあったらしく、「“ママ”って叫ばれたら恥ずかしいから、呼ばせてなくてよかったと思った」と言っていた。子どもの断末魔を聞きながら、そんなことを思っていたのか。薄情すぎる。
その苦手の意識のまま注射器と対峙する。自分のために打ってくれる看護師さんも敵に見えてしまうのは、注射器の恐ろしいところである。
プスッ
少し痛みがあったが、そこまでではなかった。ただ血を抜いている間の気持ち悪さを含め少しストレスを感じて、またしても笑いながら怒っていた。ここまでくると、もはや竹中直人なのかもしれない。
3本ある試験管に血を充填していく様は、リボルバーに弾を込める感じに似ている気がした。
無事終了。
注射痕(大丈夫なやつ)にガーゼを当てて、テープでグルングルンに巻かれる。それが注射よりも痛い。「10分後に外してくださいね」と言われたが、後のX線や胸部レントゲンの検査に気を取られて忘れていたため、古本屋でじっくり本を選んだ1時間後に外した。
テープも痛い。直人フェイス。
数値が出る以外の項目は後日通達されるっぽい。
健康的には問題なさそうだが、忘れっぽいところや社会の常識の部分で問題が見つかってしまった。
総じて健康診断を受けておいてよかった。