書書鹿鹿 ~かくかくしかじか~

"かくかくしかじか"と読みます。見たもの、聞いたもの、感じたことを書いてます。

仕事終わりの疲れた体で人生初めての三枚おろし

バイト帰り、突如として「魚を捌こう」と思い立った。

その日は、バイト4連勤の最終日で月末ということもあって、なかなかにハードな仕事内容だった。それだけにストレスが溜まっており、何とか浪費と食で発散しようと思ったのだ。

仕事帰りによく立ち寄るスーパーで刺身を買おうと思っていた。そこは切り身は置いてなくて、基本的には柵でしか置いていない。量もそれなりに多く、値段もそれなりに高い。普段なら買うのを躊躇うが、こちとら「お金を使い美味しい物を食べてストレスを発散しよう」としているのだ。そんなお財布事情に構っていられない。いくらかお刺身を吟味していると、柵で売られている売り場とは別の冷蔵ケースに、刺身が売られているのを見つけた。

「ツバス 刺身用」

皮や骨、目やヒレが全て残った魚フォルム。加工された状態ではなくすっぴんの状態で横たわっていた。一目見て思ったのだ。

「魚を捌こう」

人生で一度も魚を捌いたことが無いが、このツバス(出世魚→進化後『ブリ』)は身もしっかりとついていて、値段も柵で売られているものと比べれば比較的お買い得であった。買い物かごにツバス、そして砂肝・カレー粉を購入して“ポイント5倍”に踊らされた客の列に自分も並んだ。(ちなみに自分も“ポイント5倍”と知っていたのできっちりと踊りに来た一人である。)

 

 

家に帰り購入したツバスを台所に並べる。

親に「何で疲れてるのにさらに疲れることするの?」と耳を削がれるような正論を突き付けられたが、これは理屈ではなく「やってみたい」の好奇心が身体を動かしているのでどうしようもない。

「ちゃんと捌いた後始末はしてな」

普通のテンションで言った奥の方にカタギの物とは思えない主婦の迫力があった。

普段使っているまな板と包丁とは別のものを使い、いよいよ調理開始である。

と言っても、捌いた経験が無い『三枚おろし童貞』の自分はスマホをキッチンにセットし、YouTubeの動画を見ながらやることにした。

お寿司屋の板前がおろし方を説明する動画を見ながら手を動かす。

まずは鱗を取って、肛門からお腹に切れ込みを入れて、頭を切り落として...

「早い、早い!!」

そんな手際が良くないから急かさないでよ。学校の授業内容についていけなかったあの頃を思い出したりした。

動画を逐一止めながら手順を確認していくことにした。

 

 

まずは鱗取り。魚の表面に垂直になるように包丁を置き左右に動かしてこそいでいく。次第に肌の色が変わっていったり、表面のブツブツが見えたり変化見えて面白かったが、終わりどころが分からなかった。手ごたえはずっとあったからだ。動画の中で重点的にと言われたヒレ周りを落として次へ進む。

ここからはいよいよ魚の内部に干渉していく。肛門から頭にかけてお腹に切れ込みを入れ、頭を切り落とすため切れ込みに向かって斜めに包丁を滑り込ませていく。が、なかなかうまくいかなかった。包丁の切れ味が落ちていたので、なかなか包丁が入っていかず力任せにやった結果ガタガタになってしまった。それでも何とか胴体と頭を切り離すことに成功した。プロのお手本動画では頭と同時に内臓がにゅるんと出てくると説明されていたが、力任せにやっていたので繋がりを断ってしまい、内臓は取り残されてしまった。「ファイト一発」のケイン・コスギくらい強く掴んでくれていれば内臓も救えたのに。

しょうがないのでお腹を少し開き、内臓と血合いを地道に取り出していった。

 

次からがより難しくなった。血合いを取り除いたお腹を少し洗い水気をペーパータオルで取れば、いよいよ本丸に攻め込む。お腹と背中の両方に少し切り込みを入れた後、骨に沿って包丁を滑らせていくのだ。この時に気をつけなければいけないのは、骨と包丁を離しすぎて身を骨に残してしまうことである。せっかくの可食部がもったいない。

注意深く骨の上ギリギリを探り、包丁を滑らせていく。しかし、切れ味が悪いため勢いをつけなければなかなか進捗せず、結果的に身を骨にかなり残してしまった。「もったいない」と思ったが不幸中の幸いで身を残しすぎたおかげで剥がしやすく、結果的に骨周りはそこそこ綺麗になった。

「難しいな」と思いつつも、何とか魚を三枚おろしに出来た達成感に浸っていた。

 

これで終わりではない。この切り身からさらに腹骨と血合い骨を取らないといけないのだ。2枚の切り身を半分に切り、お腹側についていた腹骨を取り除き、血合い骨は身を落としすぎない程度に切り落とした。これは上手くいった。そして最後に皮と身の間に包丁を入れ、左手で皮を引っ張り身を引きはがした。

すると、不格好ながらもスーパーでよく見る柵の姿になった。

この加工を経て、パックに並べられて陳列されているのだと勉強になった。

見事に『三枚おろし童貞』喪失を果たした。

 

 

昼前にバイトが終わり、買い物を済ませ、魚を捌き、食べるころにはもう既におやつの時間の一歩手前だった。

冷凍のごはんを温めている間に、身が多い背中側の柵を刺身用に薄くスライスし、身が少なかったお腹側の柵と骨についていたボロボロの身は叩いてきざみねぎと生姜、味噌と醤油を加えてなめろうにした。

食卓に並べたツバス定食は自分が捌いたということもあって、少しの特別感もあった。お刺身はゆずポン酢でいただいたが、やわらかい身の甘さとゆずポン酢の香りと酸味がピッタリだった。なめろうはアジやカツオで作った時とは違って、粘り気が少なくさらさらとしていた。魚によって変わるのかとここでも知見を広げることが出来た。

完食。

お刺身となめろうはもう1食分出来たので、結果的に柵で買ったものよりもお得だった。

お金を使ったこと、魚を捌いたこと、美味しかったこと。

バイトで疲れた体を労わるのは無事成功した。

食後、一部始終を観ていた親が声を掛けてきた。

「それ、鮮魚コーナーの店員に頼めば刺身用にカットしてくれたのに」

 

あっ

 

バイトの疲れが再び体内に押し寄せ、魚を調理した疲労も流れ込んできた。

それは言わないお約束でしょう

疲れた体に追い打ちをかけるように、魚臭くなった包丁とまな板の後処理を始めた。