書書鹿鹿 ~かくかくしかじか~

"かくかくしかじか"と読みます。見たもの、聞いたもの、感じたことを書いてます。

平松洋子『いわしバターを自分で』コロナ禍の”食”を通じて幸せを再確認する【読書感想文】

フリーター生活を始めて、自炊することが多くなった。学生時代から引き続いて実家暮らしで晩ご飯はありがたいことに親が作ってくれるが、「昼ごはんは自己調達」というのが我が家の方針で、中学高校大学と休みで家にいる時は昼ごはんを作っていた。と言っても、不器用大雑把男の昼ごはんなんてものは基本インスタントラーメンやチャーハンのようないわゆる手抜き料理と呼ばれるものばかりで、フライパンを使ったところで焼くか炒めるの2択しかない。お腹が満たせればそれでいいと思っていた。

しかし、大学に入って1年が経った頃、コロナウイルスが全世界で猛威を振るいだした。何をするにしても「自粛自粛」の一辺倒で、大学側も行政の指示に従いリモート授業が始まったのだ。とにかく、毎日家の中にいる。リモート授業以外何もすることが無く、対面で人と会うことも出来ない暗い日々が続いていた。

ようやくその頃から、食に興味を持ちだすようになった。というよりも持たざるを得なかったという方が正しいのかもしれない。毎日の昼食がインスタントラーメンやチャーハンだけでは飽きてしまうのは必然で、何かしら変化を加えなければいけなくなったのだ。

焼く・炒める以外にも茹でる・煮る・蒸すと選択肢を増やしたり、栄養に気を遣って野菜を使った料理も始めたりした。レパートリーが少し増えた程度で傍から見れば大きな成長とは言えないかもしれないが、自分にとっては小さくて大きな1歩だった。

コロナのせいで毎日軟禁状態の家の中で少しだけ、「食」を通じて心にゆとりを持つことが出来たのだ。

『いわしバターを自分で』ではそういった「食」の観点からコロナ禍での生活が綴られている。

 

週刊文春で連載されている平松洋子のエッセイ「この味」のエピソードがまとめられた『いわしバターを自分で』。全国各地世界各国の料理を食べ歩き、食との出会いや発見、感動を書いたこのシリーズは何作も発売されており、自分も以前に何作か読んだことがあった。

これまでに発売されていたシリーズのタイトルは

『ステーキを下町で』

『あじフライを有楽町で』

『肉まんを新大阪で』

といったように、食べ物+地名という組み合わせがほとんどだった。自分が平松洋子さんのエッセイを手に取ったのは、この組み合わせだけで食欲と読書欲が同時に掻き立てられたからであった。

しかし、今作は『いわしバターを自分で』。食べ物+自分とこれまでにない組みあわせだった。これまでのタイトルは知っている料理名で頭の中にビジュアルが浮かび、地名が組み合わさることで背景も設定され、膨らんだ想像だけで五感を刺激するかのようなワクワクがあった。

知らない料理名である「いわしバター」と他人の「自分」では好奇心が刺激されず、手に取った時は少し不安があった。読んでいくとなぜこのタイトルになったのかが分かった。

 

第一章と第三章では、他のシリーズ同様聞いたことのない料食材やお店で食べた料理について自分の考えでまとめられたエッセイが書かれている。

巻柿や栃餅、ほやなど、今作でもはじめましての料理や食材と出会えて、読んでいるだけで楽しくなった。

しかし、第二章では他と違って日付が書かれている。いわゆる日記の書き方がなされているのだ。

内容のテーマも少し違っている。

どれもこれも背景にコロナが見えるエッセイたちである。他の作品ではあまり見られなかった時事がはっきりと見えており、自粛生活に疲れた平松さん自身の苦しみや怒りが色濃く見える。コロナに対するやるせなさや行政に対する怒り、そんな悶々とした日々の中でも毎日やってくるのが食事である。

 

緊急事態宣言によって営業自粛を余儀なくされた馴染みの店。

おうち時間があったからこそやってみる気になった時間のかかる凝った自炊。

会えない人から届いた食材。

 

本のタイトルにもなっている『いわしバターを自分で』

缶詰がブームになっているという入りから、過去に遡り顔なじみのスタッフが食べていたお弁当に想いを馳せる。缶詰のオイルサーディンをコッペパンに挟んだだけの料理に衝撃を覚え、オイルサーディンの扉が開きバーのカウンターで食べた時のことも思い出す。そしていわしバター。油を切ったオイルサーディンを荒く潰し、レモン汁と塩、黒コショウ、そしてバターをボウルで混ぜ合わせる。とにかくバゲットとの相性が抜群で作り置きもできるという。

 

家で料理を作る楽しさや人との繋がりで得た発見、外食で出会う喜び。

『いわしバターを自分で』のエッセイの中に、コロナ禍のリアルな“今”と、平松さんが過ごしてきた“過去”の両方が見えてきた。

自身の精神状態や人との繋がり、これまでの日常を「食」を通じて再確認している。「食」は日々に彩りを添える役割もあれば、主役に抜擢されメインを張ることもある。食を豊かにすれば人生も豊かになるのだと思えた。

 

【基本情報】

『いわしバターを自分で』

いわしバターを自分で (文春文庫 ひ 20-13)

作者:平松洋子

画・下田昌克

出版社:文藝春秋

いつ、なにが起きるかわからない-――

緊急事態宣言⁉ それならばと余った牛乳を大量に煮詰め、「日本版チーズ『蘇』」に挑戦。巣ごもりの気晴らしには「ふきのとうの春巻き」「山椒の実の牛すじ煮込み」、知人から届いた新鮮なほやで「ほや飯」を作ってみる-―

コロナが変えてしまった世の中でも、人の信頼、味を守る工夫をみつめ、
考えながら進む人は強い。食べる現場はここにある!

気になる「いわしバター」って?
「クッキングパパ」も絶賛した平松さんオリジナル傑作レシピ「パセリカレー」
ってどんな味? 

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解説・石戸論
文春文庫『いわしバターを自分で』平松洋子 下田昌克 | 文庫 - 文藝春秋BOOKS (bunshun.jp)より引用