書書鹿鹿 ~かくかくしかじか~

"かくかくしかじか"と読みます。見たもの、聞いたもの、感じたことを書いてます。

見知らぬマダムのアドバイスで「鯛の煮つけ」を作る

先日、大学時代の友人と久しぶりに電話をすることとなった。別に何かがあったわけでもなく、お互いに他愛のない近況報告をしあう。社会人となった友人は苦労しているようで、将来や人間関係についての悩みも多かった。その点自分は相変わらずのほほんと生きているなと思う。特に悩むことがないわけではないのに悩めないことに悩んでいる。複雑な人間だ。「最近どうしてる?」友人の問いに即座には反応できなかったが、「最近食に興味が出てきた」と返すことが出来た。その会話の中で前にブログにも書いた人生で初めて魚を三枚おろしにした話をしたところ、「私も最近魚食べたよ」と話が広がった。

一人暮らしをして、社会人になって金銭的な余裕も少しは出てきた友人は、日ごろのストレスを料理で溶かすことがあるらしい。魚やに行っていい魚を見つけた友人は同じく魚を選んでいた見知らぬマダムに声を掛け、「この魚ってどう食べるのがいいんですかね?」と聞いたらしい。人情の街と呼ばれる大阪なだけあって、「煮つけが一番や」と一瞬の怯みなく返って来たという。早速鮮魚コーナーの店員さんに「煮つけ用に調理してください」と頼み、下処理をしてもらった魚を買い、家で煮つけを食べて美味しかったというのだ。コミュニケーション能力の高さに驚いたが、それ以上に煮つけに対する食欲がグツグツと湧き出てきた。絶対に食べてやる。

 

 

次の日、バイト帰りにいつも通っているスーパーに行き魚を選ぶ。冊にカットされたカツオがチラつくが、今日は生憎刺身ではなく煮つけの日なのだ。既に身のみになったカツオにごめんなさいをした。

魚コーナーの冷蔵ケースにはいわしやカレイといった煮つけ常連のものからトビウオといった変化球まで多種多様に揃っていた。どの魚のラベルにも「塩焼・煮つけに最適!!」と書いてあるのに、吹き出しのような目立つことに特化したギザギザのシールには「刺身用」と書いてある。どれにしてほしいんだよ。何でもできるやつほどどのポジションで使うか迷ってしまう。煮つけ専門みたいなやつがいてくれたらいいのに。

しばらく煮つけに指名する魚を選んでいるとちょうどいい魚に出会った。

尾頭付きの塩焼きでお正月にしか食卓には出てこないものかと思っていたが、意外と値もそこまで高くなく、2尾あったので母親と食べる晩ご飯に最適だなと思った。

「今日の煮つけは...鯛!お前で行く!」

まるで先発投手を発表する監督のような決め方で、煮つけのポジションを埋める。

煮つけにすることは決まっていたので見知らぬマダムとの交流こそなかったが、鮮魚コーナーの店員さんとは交流が持てた。

「煮つけ用にお願いします」

「丸ごと」

「あっ、えっと、はい」

切り身にするのではなく鱗と内臓をとるだけの「丸ごと」だというのに脳の処理が追い付かず、困った時の肯定で済ましたが成功だったようだ。2分ほど待って加工された鯛を受け取り、レジに向かう。次の日がポイント3倍だとレジ上のポスターを見て気づいたが、鱗と内臓を取り終えた肩が温まった状態の鯛を今更先発から外すのは不可能だったので、予定通り登板させることにした。

 

 

夕方、鯛の煮つけの調理に入る。

まずはバット(ここまで野球例えをしすぎたせいでボールを打つ道具と思うかもしれないが、ここでいうバットは金属製の調理用容器のことである)に下処理済みの鯛を並べ料理酒をぶっかける。臭みを取るためと食材に気合を入れるためである(主に前者の意図で)。しみ込みやすいように『ONE PIECE』のルフィよろしく、胸に十字の切れ込み入れる。

しばらく漬け込んだのち、ポットで沸かした熱湯をぶっかける。臭みを取るのと余分な血合いを落とすためである。ジョロジョロと熱湯をかけていると、胸の切り込みが熱によって白く変色していくのがリアルタイムで分かって面白い。

酒、熱湯で登板準備が出来た鯛はようやく深くて大きめのフライパンに投入される。鯛をまるごと2尾ということもあって一度では無理かと思ったが、頭と尻尾は少し溢れながらも無事納まった。煮つけのレシピはネットのレシピを参考にしており、味付け用の煮汁の配分も書かれていたが、そんな時に友人が見知らぬマダムから聞いたアドバイスを思い出す。

 

「しょう油とみりんをドバーっと入れて、砂糖は好みで調整したらええねん」

 

これぞ長年の経験と関西人特有の擬音を合わせたガサツなアドバイスである。自分もそれに倣って必要な材料を目分量でぶち込んだ。同じく関西で育った見知ったマダム(母親)は自分が食べることもあって「ちゃんとしてくれよ」といった面持ちだったが、入れてしまったものはしょうがない。アルミホイルで落し蓋をし、弱火でグツグツと淡白な白身に味をしみ込ませていく。

 

さすがに晩ご飯がご飯と鯛の煮つけだけでは寂しいと思ったのか、簡易的なサラダを作るため母親が台所に入ってきて玉ねぎをスライスし始めた。自分もIHコンロの前で煮つけを待っていたので、台所に親子水入らず。TVerでオードリーとハライチの特番『オドオド×ハラハラ』を見ながら、いろいろと話すことができた。

途中ひっくり返したりしながら20分間じっくりと煮付けた。アルミホイルを取り除いたフライパンの上には程よく茶色に染まった鯛が2尾仲良く並んでいた。目分量にしては見栄えも匂いもいつも親が作ってくれる煮つけそのものだったので、少し安堵した。

 

 

いよいよ実食のお時間である。何気に家庭科の授業の課題以外で親に料理を振舞うのは初めてだったので、それなりに緊張していた。

「うん、美味しい!」

お褒めの言葉、いただきました。自分もいざ実食。

「美味しい」

鯛の煮つけは初めてだったが、淡白で締まった白身に甘み強めの煮汁がしみ込んでいて美味しい。一度冷ました方が身が煮汁を吸い込むらしいのだが、その時間を省いてしまったため少し味付けは失敗。追い煮汁でリカバー。ホロホロと崩れて食べやすくなった鯛とご飯の相性も抜群。

まぁまぁ成功といったところだった。

 

 

これまでは手間が少ないお刺身ぐらいしか魚は買わなかったが、煮つけをマスターすれば魚の選択肢が一気に増える。鮮魚コーナーの店員さんにお願いすれば何だって煮つけに出来るし、塩焼きだって楽勝である。

フリーター1年目にして、家庭的なスキルを身に付け始めている。

思わぬ収穫だ。