書書鹿鹿 ~かくかくしかじか~

"かくかくしかじか"と読みます。見たもの、聞いたもの、感じたことを書いてます。

初めてが苦手な人へ贈る本/又吉直樹×堀本裕樹「芸人と俳人」【読書感想文】

“初めて”が極端に苦手である。初めての環境、初対面の人との会話、初めて行くお店、バイトの初日など、初めてが目の前に迫ってくると途端に緊張してしまう。以前、イベント派遣のバイトを半年だけしていたことがあったが、毎回毎回が初対面の人と初めての場所で初めての業務をこなさないといけないことにストレスを感じ、シフトを決める電話に出ずに飛んでしまったことがある。当時は「バイト」がカレンダーに入っていると1週間前から鬱々と過ごしていた。それぐらい苦手なのだ。

 

 

なぜそれほど苦手なのか。答えは単純。

「過剰な自意識」である。

初対面の人と話す場合は「今の発言で印象が悪くなっていないか」、初めて行くお店では「ルールや作法を間違えていないか」、バイトの初日では「『仕事出来なさそうなやつが入ってきた』と思われてないか」といった具合。相手のちょっとした表情の変化や発言から、飛躍してネガティブへ一直線になってしまう。そうして勝手に敬遠して、せっかくのチャンスを棒に振ってしまうのだ。

 

このあり余った自意識が板についてくると、興味のあることにすら踏み出せないことが人生で多々ある。気になっているエンタメも「今更手を出すのは遅いか」と観ずに流行に乗り遅れるなんてことはざらにある。挙句の果てには鮮度の高い最新のエンタメを見ずに何度も見つくして展開も把握しているものに手を出してしまう。それで何回『SPEC』を見返したことか。一歩踏み出すことに対しての警戒心が強すぎて、リアクションが何秒も何時間も何カ月も、下手すれば何年経っても一歩を踏み出せないのだ。

 

 

ただこれだけは分かってほしい。

「踏み出した先には楽しいことが待っている」

さすがに20年以上も生きてきたので、それぐらいのことはもちろん知っているのだ。

初めて親に連れて行ってもらったライブハウスでは音に圧倒されて衝撃を受けたこともあるし、バイト先の店長が強面だったがめちゃくちゃ優しかったなんて経験もある。そもそも、これまで培ってきた人間関係や摂取したエンタメたちは皆“初めて”から始まっているのである。

それを分かっていながらも、最悪なパターンを想像し、勝手に恐れ、勝手に距離を置き、自ら入り口を塞いでしまう。自意識過剰人間にとって、卑屈のマジカルバナナはお手の物なのだ。

 

 

『芸人と俳人』では、そんな自意識過剰人間のトップランナーであるピース・又吉直樹が、俳人の堀本裕樹に手ほどきを受けながら「俳句」という一見敷居が高いジャンルに挑戦していく対談集である。

芸人と俳人

 

子どもの頃から、俳句に対する憧れはあったものの、どこか恐ろしい印象があり、なかなか手を出せないでいた。
又吉直樹・堀本裕樹『芸人と俳人』より引用

 

「俺が書いた?」と錯覚するほど共感性の高い書き出しから始まる本書では、堀本裕樹が講義をする形式で俳句についてを順序だてて解説し、俳句に対する恐れを徐々に取り除いていく形で進んでいく。

 

 

まずこの本の優れているところが、俳句の入門編として完璧すぎるということ。

俳句の基本である五・七・五(定型)や季語の説明から入り、切字や擬人法と言った技の紹介、先人に触れ感性や読解力を鍛える選句を経て、実践編となる句会・吟行に挑戦する。

自分も俳句には少し興味があったのでこの本を読んでみたのだが、俳句とは何たるかをざっくりと紹介するのではなく、一つ一つを丁寧に教えてくれることで対談を読んでいるだけで浸透していくように俳句が身に付いてくる。魅力だけでなく細かいルールや注意点までその都度教えてくれるので、初心者にとっては読みやすい。

 

そしてこの本の魅力は何よりも、又吉直樹に感情移入しやすい点にある。

「俳句に興味はあるけど敷居が高そうだしちょっと怖いな」と思っている自分を含めた一般的な読者と同じ目線でスタートをし、2年にも亘る対談企画の中でメキメキと成長をしていく。どんどん俳句との距離が近づいていく成長過程と、又吉直樹独自の視点で創作される俳句や解説があるので読み物としても面白い。

 

 

本を読んでいくと、“初めて”の苦手を克服するヒントが浮かび上がってきた。

歩み寄りである。

俳句を学びたい又吉直樹と俳句に触れてほしい堀本裕樹。

この2人の関係性によって、最終的には俳句への恐怖心が拭い去られているのだ。

自意識によって勝手に敬遠しているだけでは、新しいものには出会えない。

せっかく相手がウェルカムで来ているのに、こっちが逃げていては一向に距離が縮まらない。

もちろん踏み込んだ先で合わないこともあるだろうが、鬼が出るか蛇が出るかは踏み出してみないと分からないのだ。

俳句だけでなく“初めて”への恐怖心も少し取り除かれた気がした。

 

 

【基本情報】

『芸人と俳人』

作者:又吉直樹、堀本裕樹

出版社:集英社

意外や意外!? お笑いと俳句の共通点。
芥川賞作家 又吉直樹×気鋭の俳人 堀本裕樹
俳句の世界をナビゲート!

「難しくて解らないことが、恐ろしかった」──そう語る芸人・又吉直樹が意を決し、俳人・堀本裕樹のもとを訪ねた。定型、季語、切字などの俳句の基礎知識に始まって、選句、句会、吟行へとステップアップするにつれ、輝きが増していく俳句の世界。そして、気づいていく……俳句は恐ろしいものではないのだと。言葉の達人である二人のやりとりが楽しい、かつてない俳句の入門書、登場!
芸人と俳人/又吉 直樹/堀本 裕樹 | 集英社 ― SHUEISHA ―より引用